介護施設の自家発電、3割強未整備 災害への備え急務(2019年10月27日配信『日本経済新聞』)

 長期停電が起きた台風15号や19号を受け、首都圏を中心に高齢者施設で自家発電の整備が課題になっている。厚生労働省の抽出調査によると特別養護老人ホームなどの3割強で十分な自家発電を設けていない。千葉県の特養では空調を動かせず死者が出ており、導入は優先度の高い課題だ。国と東京都も新たな補助制度の検討を始めた。


台風19号で非常用発電などの準備に追われる千葉県君津市の特養「夢の郷」

 台風15号の上陸から3日後の9月12日、千葉県君津市の特養「夢の郷」に入所する女性(82)が息を引き取った。大規模停電で空調が使えず室温は32度に達し、体調が悪化したためだ。「自家発電が不十分で県に要請した電源車も間に合わなかった」(天笠寛理事長)ことが原因という。

 「福祉施設に電源車を送る想定がなかった」と千葉県の担当者は振り返る。発電機を搭載した電源車は必要な施設の情報を県が集約し、国や電力会社に派遣を求める。しかし「経験したことのない長期停電で病院を優先し、ちゅうちょした」と唇をかむ。

 厚労省が特養や軽費老人ホームなど全国約1万3000施設に実施した内部調査によると「非常用の自家発電設備がない」と回答した施設は34%の約4600施設に上った。導入済みと答えた6割強も「自家発電の能力はスプリンクラーをはじめ消火設備を動かすだけで、実際には空調も使えない施設を含む可能性が高い」(同省)と課題視する。

 自家発電設備は燃料タンクの設置などで場所を取ることもあり、狭い土地に建てた施設が多い首都圏では特に導入が難しい。東京都が医療の必要な高齢者が入る200の特養に非常用発電の有無を調べたところ、医療機器用の自家発電を導入しているのは119施設と6割にとどまった。

 背景には、災害拠点病院などは医療機器などを動かす自家発電の設置が義務付けられている一方、介護保険制度では福祉施設に判断が委ねられている事情がある。

 首都圏では2011年に東日本大震災も経験したが、福祉施設はなぜ十分な自家発電を導入してこなかったのか。理由の一つに当時は長期停電ではなく数時間単位の計画停電が課題だったうえ、3月で空調も不要だった点がある。

 特養も入所基準を「原則要介護3以上」とする15年の法改正前で、災害が起きても自力で避難できる入所者が比較的多かったことも危機感を鈍らせたとの見方もある。

 18年の北海道胆振東部地震でも大規模な停電が起きたが、遠く離れた場所の出来事ととらえる施設も多かったようだ。千葉県で長期停電による死者が出て、我が身に置き換えて対策を考えるようになった形だ。

 一方、東京都社会福祉協議会で災害対策を担う染谷一美氏は「人手不足によるコストの増加などで資金力のない施設では自家発電を入れたくても難しい例も多く、補助充実も検討してほしい」と訴える。


千葉県君津市の特養「夢の郷」が台風19号で事前に調達した大型自家発電機

 君津市の夢の郷は、台風19号では建設会社から大型自家発電を事前に調達した。ガソリンスタンドと災害時の燃料搬送の契約を結び「1週間以上は空調や冷蔵庫などを動かせるようにした」(天笠理事長)。

 東京都東村山市の特養「白十字ホーム」も千葉県の停電を機に自家発電の増設の検討を始めた施設の一つだ。「空調やエレベーター、冷蔵庫を3日以上動かせるようにする」(西岡修施設長)。しかし導入には都市ならではの悩みも抱える。

 軽油の燃料タンクを設ける場合、消防法では1000リットル以上なら市区町村の消防本部への届け出と許可が必要になる。

 危険物の耐火区画を設けたり、改修が必要になったりすることもあるが、土地が狭く建築基準法の建ぺい率ぎりぎりの施設のためスペースを確保しづらい。地下にタンクを置けば浸水の危険も生じる。

 この課題を解決しようと、太陽光の自家発電の導入を検討するのが神奈川県横須賀市の特養「ヒューマン」だ。「太陽光なら危険物の届け出やそれに伴う大規模改修が不要になる可能性が高い」(森弘樹施設長)。台風15号では30時間、19号では14時間の停電に見舞われ、いち早く復旧した他の施設と発電機や保冷剤などを融通し合い、窮地をしのいだという。

 太陽光と同様、プロパンガスの自家発電も危険物の届け出は不要だ。導入を検討する埼玉県深谷市の特養「清風苑」の原口哲一施設長は「1戸単位で調査・点検するプロパンガスは分散型エネルギーで、都市ガスなどに比べ災害に強い」と指摘する。「既にあるガソリンの持ち運び発電機だと数時間しか持たないが増設で空調などを2、3日は持たせたい」という。

 国、東京都も台風の被害を踏まえ、20年度予算案に自家発電の整備を後押しする新たな補助制度の創設を検討する。国は最大459万円の補助を19年度までの2年間に設けたが、民間からは「病院並みの設備の導入には2000万~3000万円かかる例もあり額が足りない」との声も出ている。厚労省は「増額を含め財務省と相談する」方針だ。

 発電設備の整備と合わせ、災害時の燃料の確保も重要になる。千葉県は長期停電の経験を基に、福祉施設への電源車の配備の手続きなど防災計画を見直すという。

 首都圏では今後も高齢化が急速に進み、高齢者施設の入所者は増える。利用者目線に立っても、非常電源が十分に確保できるかどうかが施設選びの大切な基準になる。